9/29/2011

What is a Club for you?

世界のラグビー、ファンはラグビーワールドカップに熱を上げている一方で各国のクラブチームも動いています。
この時期になるとサポーターにフォーカスしたプロモーションが多く見受けられ、地域住民やファンがクラブにとって家族のようにとても大切なパートオブクラブといった趣旨のビデオがたくさんでてきてとても好きなのです。ここでも以前 'We are Munster'といったクラブと地域がコミットしている動画を紹介してきました。今回はウエストロンドンローカルダービー(From イングランド・プレミアシップラグビー Gloucester RugbyとBath Rugby)とスーパーラグビーのブランビーズ(ACT・キャンベラ)のVidsをお届けします。
スタジアム、クラブハウスを中心に地域、人、バラバラなものがラグビーを介してコミットしていく。ラグビー文化がそこに根ざしている。
あなたにとってクラブとはと聞かれたらなんて答えますか?

9/22/2011

2011 NRL Semi Finals Broncos v Dragons

NRLも佳境です。先週のファイナルウィーク・セミファイナルのイラワラとブリスベンのマッチアップ動画をフルで。









9/21/2011

Rugby Coaching Educations Vids Pt.3

Pt.1, Pt.2の続きです。





Rugby Coaching - Using Forwards in the Midfield


Rugby Coaching - Defending Overlaps


Touchline Tips

Jonny Wilkinson Documentary

Jonny Wilkinson

Jonny Wilkinson(ジョニー・ウィルキンソン・愛称ウィルコ)イングランド、サリー、フリムリー出身のイングランド代表、スタンドオフ。身長178cm、体重86k。トゥーロン所属。
両足とも正確無比のキックの技術を誇り、2003年のワールドカップで決勝戦で優勝を決めるドロップゴールを決めイングランド代表を悲願の初制覇に導いた。ドロップゴールやペナルティゴールなどキックのみでトライを獲らずに113点をたたき出し得点王にも輝く。キックが注目されがちだが、激しいタックルも決める。

甘いマスクでイギリスではベッカムと並んで人気のあるスポーツ選手。通称「ラグビー界のベッカム」。本家ベッカムとはアディダスのCMで共演し日本での知名度も上がった。CMの中でラグビーボールでの華麗なリフティングを披露している。プレースキック時に両手を組み精神集中を図るパフォーマンスでもおなじみである。
1999年に初代表を経験。当時は「ラグビー界のワンダーボーイ(ラグビー界のオーウェン)」と囁かれていたほど。2003ワールドカップ以来、度重なるけがや病気に悩まされ、イングランド代表として試合に出ていなかった。
2005年にもニューカッスルの一員として来日したが、けがのため試合には出ていない。2007年のシックス・ネイションズからイングランド代表に復帰し、2月3日のスコットランド代表戦では、ブランクを感じさせないキックとタックルを披露した。1トライ2ゴール5ペナルティゴール1ドロップゴールの計27点を稼いで勝利に貢献した(42-20)。
ワールドカップ通算249得点は歴代1位。内容は1トライ23コンバージョン53ペナルティゴール13ドロップゴール。
ジョニー・ウィルキンソン - Wikipedia
Part2
http://twitter.com/#!/madtckletroops/status/29290722508

Kicking,Passing,Tacklingとオールラウンドにすべてをこなす世界No.1Fly-Half
彼のそのルーツと半生にフォーカスしたラグビードキュメンタリー。
自分が果たせなかった夢を託すとか大人の思惑もわからなくもないけど、その人間にしか体現することのできないラグビーを見つけそれをプレーすることが出来るレベルにしてやる。それだけでいい気がします。才能をおもしろがってくれる人達によるバトン。
彼の魅力と才能に惚れ込みトップにまで押し上げてくれた人々の思いがそこにある。
Jonny Wilkinson - Wikipedia, the free encyclopedia




































Sonny Bill Williams


" Sonny Bill Williams "

ソニー・ビル・ウィリアムス、1985年生まれ、現在NZラグビーユニオンプロラグビープレーヤーで元ラグビーリーグのスター。Itm Cupに参加中のCANTERBURYラグビーユニオンにて出場中です。来シーズンのSuper Rugbyにてクルセーダーズに選出が期待されています。現在のままいけば順当に選出されるでしょう。Sexy manとしても有名。
Early Life
Sonnye Bill Williams (以下 SBW) オークランドのMount Albertというところで生まれ、彼の父もまたラグビーリーグのプレーヤーだった。

Date of birth August 3, 1985 (age 25)
Place of birth Auckland, New Zealand
Height 1.93 m (6 ft 4 in)
Weight 108 kg (17 st 0 lb)
Nickname SBW
School Mount Albert Grammar
Occupation(s) Professional rugby union player

Playing career
Position Second five-eighth
New Zealand No. [1]
Provincial/State sides

2008-2010 Toulon 33Caps 30pints
2010-present Canterbury 6Caps 15points

Personal information
Playing information
Position Second-row, Lock, Centre
Club
Years Team Pld T G FG P
2004–2008 Bulldogs 73 31 0 0 124
Representative
Years Team Pld T G FG P
2004–2008 New Zealand 7 2 0 0 8

Career
Bulldogs talent scut Jon Ackandで発掘され、2002年にオファーでBulldogs Jr Gradesでプレーすることになりシドニーへ。

2001年に、U18のコンペ The S.G Bal Cupに参加,Play of The Yearを獲得。
2002年にU20のコンペのJersey Flegg Cupのブルドックスのフォワードとして昇格。
2003年舞台をPremier League(現New South Wales Cup、NRLのリザーブリーグといった大会)に移す

毎年キャリアアップしている。この時点でまだ18歳。
そして、
2004年ついに18歳でNRLの舞台でParramattta Eelsを相手にテルストラスタジアムでデビューする。
プロキャリアのスタートはRugby League,オーストラリアのプロラグビーリーグ・NRL(ナショナル・ラグビーリーグ)CANTERBURY Bulldogs

2004年にNZのラグビーリーグ代表Kiwisに選出される。この年は15ゲームに出場し、ブルドックスでポジションを確実にしルーキーとしては最高のスタートだった。
しかし2004年ブルドックスはグランドファイナルまで進みブルドックスはシドニー・ルースターズを16-13で破るも彼はベンチだった。
それでもSBWは、International Newcomer of the Year Award,BBC's 2003 World XIIIに選出などルーキーとしては花華しい年になった。Dally M Rookie Of The Year Awardは惜しくも逃す。

この年、彼の契約が切れことになっていたのでSBWは最大300万ドルの契約を持ちかけていたイングランド・スーパーリーグのセントヘレンズRLFCからオファーをうけていることをあかし、ブルドックスルから誘いだしそうな数々のオファーがあったがホームクラブであるブルドックスへの忠誠心から残ることを決め2年の契約を延長した
しかし、セントヘレンズのオーナーEamon McManusなどを、クラブを含め彼にオファーをだしたことはないと。
"No, we never made Sonny Bill Williams an offer in 2004,... I remember it well because Sonny was at the height of his powers that year... We had had some initial discussions (with Williams' management) but we certainly hadn't put an offer to him. And if we had, it would've been nowhere near the amounts now being bandied about."

インパクトあるデビューを果たしたSBWですが、2005年シーズンは膝やいくつかの怪我により活躍できず5ゲームという短いシーズンとなった。その影響もあり、国際舞台からも遠ざかることになる。
公でフラストレーションを語り、

"It seems like I've had injury after injury".

"More than anything, when you're not on the field a lot, it's tough mentally. You've got to be pretty strong mentally when you have injuries, and I've had a few."

” Williams would later dismiss claims he was injury prone as "bullshit".

2006シーズンは汚名返上とばかりに働き、21ゲーム,8Tries,そして惜しくもチームはPreliminary FinalでBrisbane Broncosに敗れる。が、しかしケガもなくシーズンを送ったがオフシーズンに手術をうけkiwisのTri-Nationsを逃す。


2007シーズンは開幕に、NRLのスーパースターAndrew Johnsへのハイタックルで一発退場となる波乱。
このシーズン後に5年契約を結び2.5ミリオンの大型契約となる。
21game,14Triesを稼ぎだした。しかし、締めくくりはSemi Final対Eels戦にNathan Hindmarshにタックルをくらい骨折。またしてもポストシーズンの2007Great Britain TourのSauadから漏れる。
SBWはこの年に、Second-Rower Of the Year 2007 Daily M Awardにノミネートされるが、Manly Warringah Sea EaglesのSecond-rower Anthony Watmoughtにもっていかれる。
2008年にはAnzacシリーズでKiwisに選出されています。

さかのぼること2005年にラグビーリーグにもサラリーキャップ制度が導入されトップグレードプレーヤーをキープすることが難しくなり2008年7月にSBWはフランス・トップ14のToulonに移籍する。クラブ関係者や選手達がヨーロッパに出発するまでだれにも教えられていなかったという。
しかし、ブルドックスとの契約が5年もあるので契約違反じゃないかという問題も浮上しトゥーロンが違約金を£300,000支払った。
トゥーロンとの契約が2010年6月に終了。トゥーロンは、3年総額$6ミリオンを提示する。そこへ、NZラグビーユニオンが$550,000/per yearを持ちかけるがトゥーロンの歴史的なビックオファーを拒否して、kiwisに縁がなかった彼はオールブラックス選出を見越してNZRUと契約する。
そして、CANTERBURYを選び、その際のクルセーダーズをも視野にする。
それもダン・カーターとプレーすることでAll Blacks選出のさいのコンビネーションも解消できるだろうという思惑もクルセーダーズが本拠地とするCANTERBURYの選択の要素の一つのような気がします。

Barbarsとしてもワラビーズとヨーロッパの舞台で一度戦っています。
すでにItm Cupデビューを果たしており3,9,2010にBay of Plenty戦
彼のポテンシャルを披露し、オールブラックスに選出され現在ヨーロッパツアーに帯同中です。
ABsヘッドコーチ・ヘンリーも彼のオフロード、アタッキング、タックリングセンスを評価している。
Tackling,Offloadセンスはずば抜けている。ボールとボディを自在にコントロールしながら隙があればどこからでもOffloadしてくる。回りの選手がそれに反応、あわせることができると破壊力は抜群です。コンタクトもリーグ特有の上半身を預けるようなプレーでペネトレーションします。
彼のラインブレイクは見ものかもしれません。
ブリディスローでのデビューも期待されていましたがオールブラックスのストラテジーの理解不足などの面を考慮しての今回です。
今週末のイングランドとのトゥイッケンナムでのテストマッチのスターティングSquadに名を連ねその活躍が期待されています。























Short Documentary





SBWのウマさを堪能ください。NRL Highlight







Rugby Union

おまけ














ちなみにプロボクサーとしてもデビューしています。Liamは弟子といったところでしょうか(笑)